新潟家庭裁判所佐渡支部 平成11年(少)22号 決定 1999年7月28日
少年 W・Y(昭和59.10.3生)
主文
少年を初等少年院に送致する。
理由
第1非行事実
1 少年は、Aと共謀の上、平成11年4月22日午前2時ごろ、新潟県両津市○○×××番地付近アーケード内で、Bが所有する第一種原動機付自転車1台(時価3万円相当)を盗み取った。
2 少年は、平成11年5月6日午後3時ころ、新潟県両津市○□×××番地の○○駐輪場で、Cが所有する第一種原動機付自転車のナンバープレート1枚(登録番号「両津市る×××」号)を盗み取った。
第2適用法令
第1の1の事実について、刑法60条、235条
第1の2の事実について、刑法235条
第3処遇理由
1 本件は、少年が単独ないし共犯少年とともに窃盗を行った事案である。
第1の1の非行(以下「本件1の非行」という。)は、少年がAと夜間、外で遊んでいたとき、Aが建築中の少年の家を見たいといったことからその足代わりにするために原動機付自転車を盗むことを相談し、まず、直結にするための道具(マイナスドライバーやナイフ等)をAの自宅に取りに行き、その上で原動機付自転車が駐車してあると考えた○○病院駐車場に行ったものの盗むのに適した原動機付自転車がなかったことから、そこに行く途中に本件被害車があったことを思い出し、戻って窃取したという事案である。少年らは、その後、場所を移し、本件被害車の前部カバーをはぎ取ったりして直結にしようとしていたところを警察官に検挙された。
第1の2の非行(以下「本件2の非行」という。)は、少年が平成11年4月28日ころに代金10万円を送って通信販売で購入した原動機付自転車にナンバープレートがなかったことから、両津市役所にその交付申請をしようと思って行ったものの、父親に隠れて購入したため、ナンバープレートが自宅に届けられれば父親に購入の事実が発覚してしまうことを恐れ、急きょ、○○駐輪場に駐車中であった原動機付自転車のナンバープレートを窃取して自分の原動機付自転車に取り付けたという事案である。
その他に、少年には、家庭裁判所に事件送致はされていないものの少年の要保護性を考える上で無視できない問題行動が複数存在する。すなわち、<1>平成8年5月31日(少年は小学6年生)、小学校で悪ふざけをしていて教諭に注意されたことに腹を立てて教諭2人に暴力を加えた、<2>平成9年6月ころ(少年は中学1年生)、公園で小学生女子児童2人に対し自己の陰茎を出して「なめろ」と強制した、<3>平成9年7月ころ、少年他1人が花火遊びをしていてティッシュペーパーに火をつけたものが車庫内の枯れ葉に引火し、火事騒ぎとなった、<4>平成9年10月ころ、小学生男女児童が遊んでいるところに行き、自己に対し生意気な態度をとったことに腹を立てて、児童に対し、所持していたライターの火を顔に近づけるなどした、<5>平成9年12月ころ、保育園で遊んでいた小学生女子児童のところに行き、小学生が持っていたハムスターを見せろと言ってとりあげ、小学生が「早く帰りたい」というとナイフで脅したり、ナイフの刃をライターで熱して小学生の手に押しつけるなどした、<6>平成9年12月6日、少年が○○公園を自転車で通りがかった際、少年を見て逃げた小学生らを追いかけ、殴る蹴るの暴行を加えた、<7>平成10年7月27日、○○海岸○○公園内の女子更衣室において、少年が侵入していた個室の隣の個室に中学1年生女子が入ってくると、少年は、その仕切の壁をよじ登り仕切りを乗り越えてその女子の個室に入り、その女子の頭を殴るなどして暴行を加え、タオルで目隠しして「脱げ」といい、水着上半身を脱がせて乳首を触り、さらに、「チンチンなめろ」と命じるも拒否されるや両手でその女子の首を絞め「口を開けろ」と強制し自己の陰茎をその女子の口に入れ「舐めろ」と言って両手で頭を押さえ、舐めさせるなどした。以上はいずれも少年自身認めており、そのうち、<1>、<6>及び<7>の事実は、警察署長から児童相談所長に通告する手続がとられている。
2(1) 少年は、問題行動を起こすたびに児童相談所等関係機関の指導を受けていたにもかかわらず、結局、前記1のような問題行動を続けてきたものであり、遂には本件1及び2の非行を敢行していること、無免許運転の用に供するために本件1の原動機付自転車の窃取という非行を行い警察官に検挙され取調べを受けてから1週間もたたないうちに通信販売で原動機付自転車購入を申し込み、本件1の非行からわずか2週間で本件2の非行を行っていること、初めての観護措置を経験したけれども後述のように内省は深まっておらず、自分の問題点の把握が十分できていないことからすると、少年の遵法精神や規範意識はかなり低く、反省も問題を起こして指導を受けたとき限りの表面的なものに過ぎない。
(2) ところで、少年の規範意識の低さや内省が不十分な段階にとどまるのは、少年の知的能力・性格等の資質面及び家庭環境に負うところが大きい。
鑑別結果通知書によれば、少年の知能は、IQ58(WISC-IIIによる。)で軽度の精神遅滞である。知能の低さに加えて、少年は小学校3年生以後本格化した登校拒否により小学校時代は不登校の日数がかなりあり、中学生になってからはほとんど登校していないことから(ちなみに3年生になってからは全く登校していない。)、小中学校における教育はほとんどなされていないため知的能力は掛け算や割り算を満足にできない小学校低学年のレベルにある。さらにまた、少年は、注意欠陥多動障害の疑いや行為障害としての逸脱行動のパターンが残存していることも専門家から指摘されている。また、少年の性格面に関しては、鑑別結果通知書が適正に指摘しているとおり、少年は欲求不満耐性及び自己の感情を統制する能力に乏しく知的能力の問題もあって極めて幼稚な段階にあるといわざるを得ない。すなわち、他人のことまで配慮することができず、自分本位の要求ばかりが前面に出てしまい、我慢ができず、自分の欲求を受け入れてもらおうと、初めは甘えたり哀願的に振る舞うがそれでも欲求が満たされないと相手に欲求を通そうとして感情を爆発させ、泣きわめいたり粗暴な振る舞いに出る。興奮が続くと前後の見境を失う。小心で幼稚ではあるが、純粋無垢ではない。平気で嘘をついたりこうかつとしたしたたかさもある。相手が強いとみればこびへつらうが、弱いとみれば威圧・高圧的な態度に出て支配しようとする面がある。自己中心的であり自分の欲求に固執しがちで社会生活から逸脱しやすいのである。しかも、道徳心や社会規範に対する意識も十分に育まれていないため、逸脱行動に対する罪障感も乏しい。
少年に道徳心や社会規範に対する意識が十分に育まれていないのは、その家庭環境や両親の対応に大きな原因がある。少年は両親の長男として生まれ、中学1年生の弟の4人で生活している。両親特に父親は、少年が小学3年生ころから不登校になると厳しく少年を叱責し、小学5年生ころからは体罰を交えて厳しく叱責するようになったが、その反面、少年の欲しがる物は何でも買い与えるという接し方をしてきた。少年は、家裁調査官の調査及び審判の際に物欲を満たしてくれることより弟と同じように自分をかまって欲しかったとはからずもその心情を吐露したように、両親の接し方は少年の精神的成長の上では機能していなかったといえるが、このような接し方について、両親特に父親は特段の疑問を感じてこなかった。少年の両親に対する反発も、少年が体力的にかなわない父親に対しては、父親に対する恐れから口答え程度で終始するが、体力的に勝っている母親に対しては暴力を振るうまでに至っている。また、少年の問題行動がたびたび起こり、そのたびに学校や児童相談所など関係機関の指導があったにもかかわらず、両親は、それらの指導に協力的ではなかった。前記1の<7>の問題行動を少年が起こすに至り、遂に両親も危機感を抱いて児童相談所の指導を受け入れ児童自立支援施設入所に同意するに至ってはいるもののその直後に少年が遊んでいて骨折したため入所が延期になるうちに入所の同意を撤回して本件1及び2の非行に至っている。また、少年の指導・監督について、父母の連携もとれていなかった。すなわち、母親は少年の問題点を父親に相談しようものなら父親から少年だけでなく母親自身もしつけが悪いからだと叱責されてしまうため、母親は少年のことを父親に相談できず、父親に隠そうとしたり一人で思い悩み、時にはそうしたいらいら感を少年にぶつけてしまうこともあった。少年は前記のとおり父親に内緒で通信販売で原動機付自転車を購入しているが、その費用10万円は少年から求められてやむなく母親が父親に隠して出してしまったものである。このような状況にあるにもかかわらず、全く母親の立場に思いを巡らさなかった父親と少年の問題行動を父親以上に把握していながら何ら有効な手段をとれなかった母親の不連携が少年の非行の深化に与えた影響は大きいといわざるを得ない。そして、父親自身受刑歴があるほか、少年が小学生中頃まで同居していた異母兄2人も粗暴犯により刑事裁判で有罪判決を受けていることなどの家庭環境をも加味して考えると、両親が少年に対して、真に理解し納得できるように逸脱行動の問題点とか社会規範遵守の必要性などを指導することがこれまでできたかどうかは甚だ疑問であるといわざるを得ない。
3 以上を前提として、少年の処遇について検討する。
(1) 付添人は、<1>少年の異母兄(保護観察付き執行猶予判決により現在保護観察中)の保護司で両津市の登校拒否児童の訪問指導員兼学習塾経営者の○○氏の協力を期待できること、<2>少年の中学校の担任○□教諭がこれまで以上に家庭訪問をするなどして指導に当たることを約束していること、<3>少年の両親もこれまでの接し方を反省し、上記<1>及び<2>の方策で少年が更生することを期待していることなどの点をあげ、少年を在宅試験観察とするのが相当である旨の意見書を提出している。
たしかに、○○保護司及び○□教諭の存在は少年の更生にとってかなり有力な利用できる資源であることは疑いない。そして、○□教諭が当審判廷において陳述しているように、○○保護司には日中の勉強をみてもらい、○□教諭が週2・3回家庭訪問して勉強を教えたり、放課後に中学校の体育館を使用して体育の授業をしたりするなど○○保護司と中学校が連携をとりながら少年の指導に当たることにより、少年の学力の遅れも相当程度回復できる可能性があることも否定できない。しかしながら、少年は観護措置により少年鑑別所に入所し、数週間後には入所当初に比べるとかなり落ち着いて行動できるようになり、反省の言葉を口にするようになったとはいえ、調査官との面接でも1時間程度が限界であることや家族の面会や家族からの手紙を読んだ直後には入所当初の不安定な状態に戻ってしまうこと、そしてまた、これまでの不登校の状態を考慮するならば、今直ちに在宅処遇とした場合、これまでの生活態度を一変させ、真面目に○○保護司や○□教諭の指導にのるかどうかは極めて疑わしい。また仮に、その指導を受けたとしても、たしかに学力面ではある程度の向上は期待できるかもしれないが、同世代の者と対等に付き合えるようになることや集団生活ができるようになることといった少年にとって緊急かつ重大な課題については訓練する場が提供されないとの問題がある。この点、○□教諭は、初めは無理でも序々に友人らとの接触を考えていきたいし、そのためにはたとえば、体育の授業を少年の所属するクラス(東校舎ではないクラスのこと)の同級生の援業に参加させる方法もあると陳述している。しかしながら、この方法は、○□教諭自身も認めるとおり、その実現も含めて少年が出席して効果的な成果を納められるかは難しいものがあるし、少年が集団生活を学ぶには時間的制約があり過ぎる。したがって、中学校での指導ではもはや限界に達していると評すべきである。
(2) ところで、少年には家庭裁判所係属歴がないこと、観護措置がとられるのも今回が初めてであること、両親は少年に対して愛情を持っており、少年も両親のもとでやり直したいと切望していること、謝罪や被害弁償もなされていること、そして前記のような利用できる資源も存在することなど在宅処遇を検討し得る事情も多々存在している。
しかし、前記のとおり、少年の非行性は深化しており、その非行態様も見過ごすことのできない段階に至っていること、知的能力の問題もあるが、窃盗や無免許運転がどうして問題なのかという点についても考えが及ぶに至らず、少年鑑別所における内省も表面的なものにとどまっていること、少年の両親は少年が観護措置をとられたことでこれまでの接し方や養育方法等についてかなり問題点を把握できたことは事実であるが、なお少年を責任をもって更生させる監護能力があるとはいえないこと、少年には現段階において、義務教育の授業を受けさせ学力を付けさせることと集団生活ができるようにすることが急務であること、少年の欲求不満耐性や感情統制力の乏しさ、規範軽視などの問題点の根深さを総合考慮し、さらに、少年の知的能力や精神障害をも加味して考えると、少年の更生を図るためには、専門家により少年が日常生活をしていく中で継続的かつ適時適切な指導をしていくことが必要である。
(3) したがって、医療的措置を施すことが可能な初等少年院において、専門家のもとで同世代の者達との共同生活を通じて、少年の生活全般にわたり指導していくことが望ましいと考える(長期処遇課程相当)。
4 以上から、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して
少年を初等少年院に送致することとし、主文のとおり決定する。
(付添人弁護士○○審判出席)
(裁判官 市川太志)
〔参考〕抗告審(東京高 平11(く)291号 平11.8.18決定)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は、附添人弁護士○○提出の抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
論旨は、要するに、少年を初等少年院に送致した原決定の処分は著しく不当であるというのである。
本件は、少年が、共犯少年と共謀の上、原動機付き自転車を窃取した(非行事実1)、単独で原動機付き自転車からナンバープレートを窃取した(同2)、という事案である。
検討すると、非行事実1は共犯少年と足代わりに原動機付き自転車を窃取したもの、同2は通信販売で購入した原動機付き自転車に取り付けるためのナンバープレートを窃取したというものであり、非行事実そのものは所論の指摘のとおり、さほど悪質とはいえない。しかしながら、本件各非行に至るまでの少年の問題行動及びそれに対する保護者の対応には、原決定が説示するとおりの数々の問題が指摘できる。すなわち、少年は、小学校高学年のころから、教師に対する暴行、年少の者に対する暴行、脅迫行為、女児に対するわいせつ行為の強要等が認められ、児童相談所長への通告措置がとられながら、結局保護者の協力が得られず、少年に対して公的機関による保護の措置がほとんどとられないまま本件に至り、少年に対し観護措置がとられて本決定がされた。少年は、現在14歳の中学3年生であるが、1年時から不登校が顕著で、3年時の登校は皆無である。
少年の知的能力(精神遅滞(軽度))、性格上の問題点、道徳心や社会規範に対する意識が涵養されていないことやその原因も原決定の説示するとおりであり、注意欠陥多動障害の疑いも指摘されている。少年の要保護性は大きいが、逆に、両親の少年に対する本件までの対応は、適切を欠いていたと認めざるを得ない。所論は、少年及び保護者が観護措置を機に反省し、保護の態勢を整えたこと、社会資源として保護司や中学校教諭の個別指導も受けられるよう約束を得たことや少年が家庭裁判所に事件係属したのが初めてであることなどから在宅保護が相当であり、処分が著しく不当と主張する。しかしながら、少年の反省が表面的なものであり、保護者の対応も一時的に終わる不安を抱えているものであること、社会資源として指摘する点についても少年の資質などから不安があることは原決定の説示するとおりである。所論は採用できず、少年には、強制力のある場において、情操や道徳観といった人格の基底となるものから手当をする必要があると認められる。
そうすると、右のような少年の行動上や性格上の問題点、保護環境、精神状態等に照らすと、少年に対しては、相当な期間をかけて専門的、系統的に矯正教育を施してその教化、改善を図るとともに、精神障害の有無や治療の要否の判定等が必要であり、少年を医療措置を施すことが可能な初等少年院における指導が望ましいとして、初等少年院に送致することとした原決定の処分はやむを得ないものであって、これが著しく不当であるとはいえない。論旨は理由がない。
よって、少年法33条1項後段、少年審判規則50条により本件抗告を棄却することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 米澤敏雄 裁判官 岩瀬徹 沼里豊滋)